アレのアレか?

後遺症という名前が嫌いだ。何故かというと大阪は堺市の老舗ホンダディーラーで営業をやっていたころ、お客さんでHという公務員の方がいた。HさんではなくHと呼び捨てにするのはそれにふさわしい性質だと思うからである。何故、この人は反社会勢力ではなく公務員なのか僕にはさっぱり解らなかったが、若かりし僕は「大いなる社会の不合理性」と「大人の事情」を感じざるを得なかった。反社相当が公務員だと?笑わせる大人社会だったし、このような大人になりたくないと思いつつ、当時の僕はそのような大人社会の中で生きていかなければならないというジレンマに常にイラついていた。

当時ホンダの最高級車レジェンドに乗っていた「この方」H(呼び捨て笑)はある日、追突事故に遭われたのである。本来、罰が当たったのだ、と思いたいところだがこの場合少し違った。その日は近畿道、東大阪あたりにて後ろから追突した方が勇んで怒鳴ってきたらしい。若いチンピラ風の奴らだったという。追突してきた方が怒鳴ってくるのだからなんか変な運転していたのだろう。急ブレーキ踏んだりとか。Hはどうしたかというと窓を閉めたまま目を瞑り首を押さえていた。チンピラ風は窓の外から怒鳴り散らかしている。クソガキに吠えられること程ウザいことはない。Hはゆっくりと目を開け車の座席の下に常に隠してある1メートル弱のバールを取り出し怒声とともにガキらを一喝。そして一方的にボコボコにして終わりを迎える。そのあとは警察を呼んで事故報告、保険での事故処理という流れになる。これが一般的な流れだ。

このおっさん(H)、その後、接骨院に何年通ったことだろう。雨にも負けず、風にも負けず、宮沢賢治に謝れというくらいに何にも痛くないのに通い続けた。「大原君、最近病院行くとなワシ、看護婦が笑いよんねん」。そら嘲笑するやろ。軽蔑を込めてな。「でもな、梅雨の季節とかほんまに調子悪いんや」。後遺症なるものの言葉で住宅ローンをかなり短縮したという。こういう輩がいるので保険会社は部位別払いになり、不正請求に厳しくなった。90年代前半だろうか。それ以来、僕は後遺症が嫌いなのだ。一度タクシーでトランクが無くなるくらい追突されたことがあったがムチ打ちの請求はしていない。信じ込んでいるのだ、俺には後遺症は通用しないのだ、無敵の身体なのだ、と。事実その際はまったく異常なしだった。もう10年経つがそれらしい違和感も感じていない。

さて、数日前に流行り病にかかったのである。最初の3日間は喉痛、そして4日目は39度だ。5日目は会社を休んだ。病院にいくも処方されるのは痰をでやすくする薬、出血を止める薬、解熱剤、葛根湯(笑)である。葛根湯て。検査するかと言われたのだがする意味がないから結構ですと断った。半年前ならこうもいかなかっただろう。結果、会社を休んだのは1日だが緊急事態宣言下でもマスクをしなかった僕がさすがに今回はしたんだよね。おかげで会社において夏風邪っぽい症状の出た者はいない。知る限り他人に感染させてはいない。

しかしね、これがスカッとしない。まったく良くならない。症例を上げてみよう。朝起きて背中と下半身がしんどい、夕方になるとかなりしんどい。これは年齢のせいといえばそれまでかも知れん。しかし寝覚めはいつも軽く頭痛、夜寝る前に背中が痛くなる、エアコンはおろか扇風機の風すらあたると寒い、痛いというべきか、暑がりなのに26度以下にすると寒すぎて厳しい、常に鼻がつまっている、そして夜になると微熱。まさか痛風なのか。そんな不摂生してないのだが。これは明らかにアレのアレではないのか?

そう、コロナの後遺症。これを理由に会社を好きな時に都合よく休める可能性も出て来たな。結局休めば自分に災難が降りかかってくるだけなのだが(笑)。とにかく精密検査が必要だ。病院へ行こう。

 

 

 

おしまい