推測ですが当事者の話をまとめたらこうじゃないのか!?

 私の好きな映画で「博士の異常な愛情」というのがある。だからかどうかわからないが水道橋博士注1には共感がある。彼は実に興味深い人物である。なぜかと考えてみるとやはり画期的な企画を構築するのに長けている。それでいて間抜けであるところが好きなのだ。画期的と言えばこの動画。もうかなり古いが削除されずに細々と生き続けているのだが面白い。特にこの回は必見だ。

 地上波では絶対に放送できない企画の訳はスポンサーからの苦情により番組が成立しないからである。ただしここでの内容は悪いものではない。食品添加物が人間にとって本当に悪いものかというと証明できないからである。僕は清涼飲料水にビックリするくらいの砂糖が入っていようが構わないのではないかと思っている。子供には何の影響も認められない、もしくは証明が出来ないということだ。

 そして今年も土用の丑の日がやってくるが近年不思議に思っているのが鰻である。稚魚が前年比10分の1とかいう報道の中、巷には商品として蒲焼は溢れている。特にコンビニ。しかも国産というのが訳が解らない。一番手っ取り早く理解できるのは稚魚は海外産で育成は国内だから国産を名乗れるというものでこれは産地偽装には当たらない。牛肉もオーストラリア産の幼牛を輸入し一定期間国内で育成すれば国産というのは当たり前の世界である。注2僕は何もそれがいけないとは思っていない。経済的にも美味しい牛肉が安価で提供できるのだから消費者にはいいことだと思っている。

 しかし変な話も聞く。実際に聞いた話で、ある大手商社は某国に複数年で海外出向があるのだが若い夫婦が多いそうだ。そして2~3年でこちらに帰ってくるのだが7割くらいの確率で奥さんに変化が起きるのだという。それは若干身長が伸び、乳房が大きくなるという。これはあくまでその社内での噂ではありますが、原因は巷で売っている牛乳ではないかと言われている。どういうことかって?乳牛に乳がたくさん出るように餌に成長促進ホルモンが入っているのではと。その影響が市販の牛乳に反映されていて、それを飲むと女性には効果が出るという、なんの科学的根拠もない単なる噂がまことしやかに囁かれている。私はこれが事実確認をしていない故に某国と国名は伏せている。

 しかし中国産の鰻は丸々と太っている気がするのは気のせいだろうか。国産よりはるかに大きく、脂分も多い。養殖が大きいのは解るが鰻に脂がのるのは冬であるに関わらずにだ。一体どんな餌で育てているのだろうか?

 

 

おしまい

 

注1 ・・・ 誰も知らないだろうが「藝人春秋」は素晴らしい書物である。甲本ヒロトと同級生で宅建も持っている等多才である。芸能人ブログの先駆けであり、毎日更新し続け8年たったアクセス数をしょこたんの1日分に破られたという記録を持つ。

注2 ・・・ 日本で生まれて日本で育成されたものを和牛という。だからといって和牛の方が美味しいと言う訳ではない。私が言えることは牛肉は好みである。

 

老後2000万円のでたらめな議論

 6月13日のニッポン放送ラジオ「飯田浩二のOK!cozy Up!」でゲストコメンテーターとして辛坊治郎さんがこの問題を取り上げていました。辛坊さんは「年金の真実」という本を2006年に書いて厚生労働省の年金局に呼びつけられ「アンタがこんな本を書くから年金不安が広がって未納が増えるんだよ!」と怒られた特殊な経験がある人です。ここ一週間、でたらめな説明や訳の分かっていない評論家やコメンテーターの議論ばかりがメディアに踊っていて、自称年金のプロ(辛坊氏)は相当イライラしているという。今回の2000万円うんぬんかんぬんという話は2009年と2014年の見直しの際に政府は数字を出して説明しているので何を今更というのが本筋だそうです。そりゃそうだ。

 年金の話で辛坊さんは自分の番組「そこまで言って委員会NP」の中で私の師匠というべき高橋洋一さんとの年金バトルをやっていて高橋さんにはかなり批判的でしたが昨日のラジオ番組では高橋さんの言ってる事と同じじゃんという内容でようやく本当の年金の真実に辿り着いたのではないかと邪推しています。数理統計、年金数理の理屈の話がようやくお解りになったのかなと上から目線で個人的には思いました(笑)。

 それはさておき、どういうことやねん早く言え!ということにお答えしますとですね、年金は元々の老後の生活はこれで安泰ですというような代物では全くなく、早い段階で老後のお小遣い程度の支給だからそんなに期待しないでねと説明してこなかったからいけなかったのではないかということです。今回の2000万円という話は厚生年金受給者の計算であってどんどん増えてる国民年金受給者の場合だと95歳まで生きたとしたら5000万円以上の不足になるという話であり、つまり国民年金受給者の議論は置いてきぼりになっているというのもおかしな議論なんですね。そもそも金融庁は2000万円くらいは貯蓄しておいてくれ、それを投資に回してくれと言う内容のレポートでした。いわゆる投資の宣伝でした、元ネタは。

 話を年金に戻しますと(結果、投資とも繋がってくるのですが)結論として自分で何とかしないと長生きできないって話です、実は。ここを明るみにするとやはり良くない空気に支配され社会不安や自暴自棄になり様々な暗い事件や深刻な状況になるだろうことは予測できますが、政府は一体どうするというのだろうか?まあ無い袖は振れないので受給額の中で苦しくとも細々と人々は文句を言いながらやりくりするのでしょうか。そもそも抜本的にベーシックインカム導入により問題自体が霧散するのでしょうか。私は後者になる確率は極めて高いと考えています。しかしリスクマネジメントは必要です(危機管理)。

 僕なりに言いたいのはとにかく若い人たちはしっかりと納付した上で自分で自己責任において老後資金を蓄えておくというのが当たり前ですがやるべき事です。代表的なのは民間生保の個人年金ですね。もしくは確実に面倒を金銭的にもみてくれる身内(子供たち)を作るとか、死ぬまで金銭を稼げる仕事をするとか、確実に儲かる投資をするとか(株で年間300万円くらい純利益稼げれば何とかなるのではないか、一番手っ取り早いのが家賃収入です)、様々な方向で手を打って下さいとしか言いようがないですね。

 年金の真実、ここに極まる。ですが実際はですね、もう若い人たちは手を打っている子らもたくさんいるというのもまた真実です。新入社員になったばかりなのに個人年金に加入する新卒の子達の多いこと多いこと。彼らを馬鹿にしてはいけません。僕の若い頃よりはるかに将来を見据え、現在を分析している優秀な世代って事ですね。僕も彼らに50代以上は馬鹿ばっかと言われないように学習しなきゃと思う今日この頃です。

 

まとめ

1 年金は積立方式ではなく賦課方式です。ここの理解がないからこじれやすい。しかも保険数理です。つまり、65歳までに死ぬ人がいるから成り立ち易いって側面もあるのだ。以前はだから積立方式じゃないと駄目なんだと僕は考えていましたが、理想の社会を考えるとあくまで保険であり賦課方式の方がメリットがあると思うようになりました。

2 こんな事を云うと高齢者の方に怒られますが、生涯2500万円納付して5000万円くらい貰っている高齢者の方は思っているよりはるかに多くいる。これも話を厄介にする不合理・矛盾のひとつである。例えば政府は年金を支給されなくても食べていけるご高齢者の方々は年金を放棄する価値観がステイタスになるような空気に持って行けってもんである。人に尽くして見返りを求めない。人を守って自分を守らず。他人の為に生きてこそ人生は素晴らしいのではないのでしょうか。

3 国民年金受給者より生活保護者の方が収入が多いのはいい加減にした方がいい。これを改善できない省庁や政治家は無能と呼ぶべき。弱者救済が全て正しいと言う訳ではない事例の一つであり、政治の闇の一つでもある。表だって言う人はいないが言えない理由があるという(笑)。

4 65歳までに死ぬのが確定したら(緩和ケアなど認定を受ければ)少しくらいまとめてくれたっていいんじゃない。僕ならソッコーで爆買いと暴飲暴食で使い切って日本経済に貢献したいというのは冗談ですが、学習機関(地元の小学校や図書館)、医療機関(国境のない医師団とか)、平和維持活動をしている機関(地雷除去や遺骨帰国事業など)に寄付とか出来れば嬉しいじゃん。

 

 

おしまい

これをいつも読んで頂いている経営者の方々へ

 最新の月刊HANADAに興味深い記事が載っていた。デービッド・アトキンソン氏が書いたものだが、興味のある方はぜひ買って読んで頂きたい。そうじゃないと意味がない。タダで概要を伝えるのはあまりにも惜しい。全国の経営者必読の記事であると言いたい。その上で悲観的に守りにまわるか、これじゃ駄目だとチャレンジし続けるか、社長の器が量れるだろう。良し悪しを言いたいのではなくみんなで一緒に考えなくてはいけない問題だと思う。

 元々アトキンソン氏はこの雑誌に「ふたつの島国で」という連載を持っていてこちらも面白い。単行本化されたら絶対に買いたい一冊である。これはぜひ銀行にお勤めの方に読んで頂きたい代物である。

 話が逸れたが何が書いてあるか。タダでは教えたくないが少しだけ言うと・・・

・ここ20年で日本と比較し先進国の給与は7割程度上がっているが一方の日本は9%下げている

・日本企業の社員教育にかける総額は5千億円だが人口3倍の米国は44兆円と歴然とした差がある

・各国政府が企業の賃金に介入するのは当たり前な行為である

・アントレプレナリズム

 少なくとも僕的には上3つは衝撃的だった。自分なりに調べてみると2018年の米国の一時間当たりの賃金は約2900円であった(パートも正社員も経営者も含む)。セレブが多いからだと言われる方もいるだろうがセレブ比率と貧困層の比率を考えてもこれは離されすぎていると言わざるを得ない。官制春闘は悪だと報じられているが僕もそう思っていたがこれを読むと善悪は別にしてそういう考え方はなかったと認めざるを得ない。一体何がどうしてこうなっているのかということは知っておいた方が有利だ。

 この事で自分なりに考えた事だが今までの経営というのは実はおかしいんじゃないかという事。先日、ある人に「経営の勉強も一杯されてるんでしょうね」と言われたが僕はしていないと答えた。マクロ経済学と国際関係論は勉強しているつもりで、経営の勉強よりこれらに興味があるという事は社長として駄目だろと思うが、アトキンソン氏のこれを読むと日本の経営の勉強をしてこなくて正解だったとも言える。大学の経営学部は現在何を教えているのかもう一度学生になりたい衝動に駆られます。とはいえ、だからといってどうすればいいというのは具体的には書いていないが私たちは考え方を変えざるを得ない状況に置かれていることは確かだ。特に子供たちに必要である。大学の経済学部、経営学部でも間違ったこと教えているくらいだから学校の教育制度改革は待ったなしである。

 何はともあれ読んでみて下さい。本が市場にもうなければ有料でお話しさせて頂きます(笑)。日本人よりも日本を知る男、小西美術工藝社社長デービッド・アトキンソン。尊敬に値する人物。まさに興味深い人物。

 そして蒼井優結婚。この世代の女優さんで僕の女優鬼才才能ランキングのトップ3である。あと二人は宮崎あおいと二階堂ふみ。宮崎あおいは言わずと知れた岡田准一であるが、二階堂ふみは誰と結婚するのだろうか。

 

おしまい

 

眼科に行った方がいい!?

 ストーンズのTime is on mysideと歌った直後にTime waits for nooneと歌ういい加減さが好きだ。これは僕が高校生くらいに直面した発見でその後の立ち振る舞いに良きにしろ悪しきにしろ大きな影響を与えることになる。

 唐突ですがPDCAサイクルはプラン(計画をたてる)→ドゥ(やる)→チェック(検証して)→アクション(またやる)という流れの改善対策手法です。元来、製造部門の生産工程で利用される手法ですが日本では経営手法としても浸透しています。僕はこの手法を経営に取り入れているのは少し頭が固いというか、視野が狭いというか、はっきり言って救いようがない盲信者という(いきなり言葉が汚くなったな笑)イメージがある。これを登用したおかげで日本企業は駄目になっているという側面もあると言える。なぜなら物事は思い通りにならないからだ。それだからこそ臨機応変な自在性が最強でPDCAをいまだ重宝している企業はもう止めた方がいい。

 臨機応変な態度で自在に振る舞う万能性。言い方は良いが僕は朝言ってる事と夕方言ってる事が違う時があるがそれは潮目が変わっているからだ。そこを説明しないで言うのでこいつは無茶苦茶だと従業員は少なからず思っているだろう。まあ、根幹の考え方や理念、哲学が変わっている訳ではないので実はたいしたことは無いのだが発言に一貫性がないと思われても事実だから仕方ない。この状況ではこのやり方はまずい、こっちが今は正解と言っているだけである。状況は刻一刻と変わるから当然なのだ。製造業ではそこまで変わらないが、それ以外では(サービス業の現場では)偶発的な事が実に多い。ゆえに僕はチェーン店のマニュアル経営も利点があるのも認めるが大嫌いである。だからこそPDCAでは対応できないのは解っているのに経営法として取り入れようとする経営者が多いのは実に不思議である。

 みなさんに言いたいのは(特に中高校生の子供たち)、真実を見抜く眼を持て!である。僕的にはいい大学に入るより、良い会社に入るより、こっちの方が大事って感じ。

 話はがらっと変わるが丸山穂高議員は僕がいつも言ってる東大卒のアホ(高学歴ポンコツ)だが、世界で過去、戦争以外で領土を取り戻した例はないのは事実であり、話し合いでの解決は世界史上初の試みということになる。だから交渉成功の可能性はゼロだというのは違う。可能性は凄く低いがものごとの史上初というのは何事にもあるのでね。丸山穂高はリアリストだが説明をしないのでアホだ。これもいつも言っているが議員の質はこの国の病巣のひとつであってただちにオペで切除手術が必要です。

 

 

おしまい。

 

 

 

俺の残りの人生はどうすんだ!?

 憲法記念日に都内で開かれた護憲派の集会で音楽評論家の湯川れい子さんが「憲法9条は世界の宝だ」と訴えた記事があった。湯川れい子さんといえば往年の洋楽ファンの方なら知らない人はいないと思う。当時ぼくが購読していたロッキング・オンではなくミュージックライフという雰囲気だったような気がする。はっきり覚えていないがもっと世代が上なのだ。調べていないがビートルズが現役の頃もう活躍されていたと思われるので大御所で間違いないだろう。それで詳しくはなんて言ったかを産経新聞より抜粋する。

「私は憲法9条を守るために残りの時間をかけたいと思っています。1966年、ビートルズが武道館を使う時に、今日のように右翼の街宣車が走り回りました。【薄汚い西洋こじきは出ていけ】【神聖な武道館を使うな】。しかし当時若かった私は、そんなバカな話はない。彼らの音楽は【言葉は違っても、肌の色の違いはあっても、みんな楽しく生きようよ】と言っている。そのことが私には理屈を超えて分かりました。」

「考えてみて下さい。戦争をしているところに音楽はありません。右翼の街宣車もマーチを流しているし、ヒトラーも演説の前にはワーグナーを流した。でもそういう意図的に使われる音楽ではなく、私たちがこうして楽しく集まってみんなで歌い踊るところに殺し合いなどありません。対立があるところに平和は無いのです。」

「私が【憲法9条】というと【そんなもので平和は守れない自分の国や女や子供をどうやって武器がなくて守れるんだ】と言われます。違います。人間が人間を殺すことを恥じないといけないのです。本当に心から恥じないといけないのです。他の動物がそんな事をしますか?恥ずかしい事に知性のある人間だけがそのような事をします。」

「憲法9条はあらゆる意味で、あらゆる理屈を超えて日本の宝です。世界の宝です。9条は変えないけれど、そこに自衛隊を書きこむなどというインチキは絶対に許してはいけません。どうぞ皆さん誇りを持って恥ずかしいなどと思わないで人を愛して下さい。語り合う事を信じて下さい。そして未来の自分が作る平和な世界を信じて下さい。心から信じましょう。」

ぜひ湯川さんには答えて頂きたい。幸福の追求の為にあるはずの宗教でなぜ宗教戦争が絶えないのか?スターリンが自分の為に何百万人殺害したか知らないが中国の文化大革命ではさらにその何倍も人間が殺されている。天安門事件もしかりだ。さらにチベットをはじめウイグルに対する中国は武器を持っていない国だからこそ徹底的に蹂躙するという歴史をもう3000年も続けてきた。あなたは彼らを説得できるのか?人間が人間を殺すという事でいえば第一次、第二次大戦で人類は大いに学びました。それがハーグ陸戦条約であり国際法である。尊い犠牲の命の上にです。それでもなお争いが絶えないのはなぜか?憲法9条のプラカードを持ってシリアの交戦地、アフリカの内戦地に立ってみて下さい。すぐに殺害されることでしょう。信じるだけでは宗教なのです(おまけで生物学の話をしますと殺しあう動物は知性のある人間以外にもいます)。

論理的に考えればすべてを理解できる。僕の暴論を披露しよう。

憲法9条は思想であり宗教である。ただしすべての人種、宗教、国家においてすべての自治体や国が憲法9条を導入すれば法足り得る。湯川氏の言葉は実現する。しかし人間である以上それは無理なのだ。それが人間という生き物だからである。だからこそジョンレノンは殺されるべくして殺害されたのである。これを学習していないのが護憲派の大きな問題なのだ。

ただしこれには大きな弁護すべき問題がある。日本の教科書はそのように、誤解するように作られているのである。だからこそ真面目に勉強する子の方が間違います。これはウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの弊害と呼びます。犠牲者と言ってもいいでしょう(気になる方はWar Guilt Information Programで検索してみてね)。

最後に護憲派の方に提案があります。憲法は変えてはいけないと言うならハンムラビ法典は今でも使われてなくてはいけません。何も神が作ったものでなく人が作ったものだから変えていいのは当たり前なのです。現行憲法24条では「婚姻は両性の合意によって成立・・・・・・」とある。両性とあるはおろか、婚と姻は男と女を表す。つまり同性婚は憲法違反なのである。よって時代が変わればどんどん変えていけばいいのです。理想は誰にでもあるがもう少し現実を踏まえた上での議論が必要なのではないでしょうか?理想主義者こそ現実主義者であるべきです。僕も含めて残り時間の少ない年配の人こそ自覚していただきたい。

 

 

 

おしまい。