日本式バカ発見器!?情けない・・・

日本が世界に誇った国際政治家が非業の死を遂げたのに、故人を悼むどころか、罵声を浴びせ続ける現象に「なぜ日本はここまで墜ちてしまったのだろうか」と思えてならない・・・これは作家、門田隆将さんがある雑誌の手記で書いた一文である。

まさにそうだ。そう思う自分が間違っているのかとも思えるほど世間と私の感覚はズレているが、ここではジョージアの駐日大使であるティムラズ・レジャバ氏の言葉を紹介しておく。

「たった一人でも国外からの来賓があるならば国民が一丸となって対応することが日本の懐ではないのでしょうか?故人に対する目に余る言動に心を締め付けられております。問題があるとすれば機会を改めて吟味すればいいのではないでしょうか?今は政治ではなく日本全体の姿が試される局面です。私は全く必要なく悲惨な死を迎えてしまった安倍元総理の英霊を敬い、歴史に残る国葬となる覚悟で出席を表明致します。」

蓮舫、辻本、宮本亜門、ラサール石井、挙げればきりがないが君たち、よく聞くのだ。国葬問題や統一教会問題はバカ発見器なのだ。黙っといた方が身の為だし、かつ将来を担う子供たちへの害悪ですらある。子供たちは反面教師としてみるのもウザがり傍観者、無関心に走っていて悪い兆候だ。またいま、YAHOOのニュース、ネット記事とかで様々な個人、だいの大人たちがコメントを残しているのを目にするがほとんど違和感を覚えるものばかりだ。外国人から見たら不思議極まりないだろう、この国は。私なんかは、国葬で日本分断を諮る工作員に簡単に乗せられるバカたちがこれほど多いとは実に情けないなって思っていますけどね。

いつからこの国はこんなにも劣化して「いた」のだろう。教養がここまでないって、どんな教育受けたらここまで酷くなるというのか?政府は教育こそ国益なのがまだ解らないんだろうか。

一方では「最近の政府や政治家ってひどいですよね?」って声もこの人から聞くかぁ!?って方から複数、聞くようになってきました。みんな「国民の劣化」を本能的に察しているのも実感しています。民度は確かに低いと、危険水域は超えているとは思いますがや、まだ希望も残っている状況というべきか(政府のレベル=国民が選んだ結果という観点から民度と表現しています、常識ですが念の為に言っておく)。これを読んでくれてる少年少女の皆様よ、アホな大人になっちゃダメだよ~(少女はいないか)。

あ、また円高・経済解説(ホリエモン・ひろゆきより詳しい)でけへんかったやんけ!私も劣化しているのは間違いない事実である。

 

 

おしまい

 

教育への投資「教育国債」とは

社員の(意識)レベルが低すぎる。いえいえ、これは当社の話じゃないですよ。私が言ってるのではなく友人がご自分の会社について仰っていたのです(笑)。

大企業は良いですよ。ほとんど関係ない話です(逆に人を減らしたいと思ってますから~笑)。中小企業については深刻な人材不足がもう5年は続いているのではないかと思います(サービス業については特に深刻です)。それともう一つは地元から都市部へ新卒者が出て行ってしまうので地方の方が不利なのです。だから採用の時点で少々不足とみても採用してしまう。採用してしまえば社員教育の問題なので社員教育が駄目、社員教育が不足している、で終わりの話です。しかしリーマンショックと東日本大震災で一時的な大不況になり企業は経費を抑えることに積極的になったという背景には同情してしまう一面もあるんです。中小企業にとって研修費や教育費は格好の削減対象になったのではないかと思うんですね。一方で効率化が求められ機械やIT化や設備費に投資が回されるというのも悪くはないんですが、教育費には断固として回されなかったというのが日本の特徴で、アメリカと比較しても一人当たりの従業員にかける教育費は日本は約30分の1とデータでも出ています。これもう決定的なんですよね。

話を戻しますと、十分に学習させていない社員は満足に仕事をこなせるかというとやはり限界があります。会社の年配者たちは文句だけ言って何も改善策を実行しない。これでは会社の将来はほとんどありません。実はここが合併しなければ対処できない問題のひとつなんですがあまり注目されていません。もうすっかり社員にお金をかける、人材に投資するという感覚がなくなっているのではないかと思えてくるんですが、経営者としては頭では解っているんだけど優先順位としては低めという認識なんだろうと思います。騙し騙し経営している、そんな言葉がぴったりなのではないでしょうか。

このような傾向は10年前くらいからあり、その中で中間管理職も育ってきています。しかし人材に投資をして来なかった第一世代の中間管理職はやはりその能力も疑わしいのではないかと私は考えています。面接官ですら心もとなく、その人が採用し、その人たちに教育を受ける新人と、もはや負のサイクルにはまっているのでは、とね。まあ全部が全部そうだとはいいませんが、極めてそういう傾向が強いのではと思えてきます。将来的を想像するに恐ろしさを感じざるを得ません。

明石市が子供への投資によって地方再生しているのが好事例として示され、近隣でも真似をする地方自治体が増えてきています。実際、世界の学会というか学術的な研究にしても子供への投資は他の投資と比較しても極めて有効である、リターンがでかいと科学的に結論付けられています。極端な例を出すと生涯学校に行かせられない貧困な国の子供と、ものすごい量の教育を与えて医者や弁護士や技術者に育てた子供では生涯賃金において圧倒的な差になります。その子は稼いで税金で投資額を返してくれた上で、その税金を使って様々なものに再度投資できます。道路や橋作ったり、学校や公共施設改修したり、研究費、開発費にも回ります。なので、借金してでも実は子供にお金を使った方が利回り(リターン)が高いと証明されています。ですが、こんなものは国の施策、国の仕事であるべきで、各ご家庭ですることではありません。この話は受験に合格させるために塾に通わせるという話ではありません。それも教育の一部ではありますがごく些細なものなんですよ。家庭教育は道徳(社会におけるあらゆるモラル)と教養を身に着ける為にあると言っていいと思います。

話が逸れそうなので元に戻しますと、それを解決するのは教育国債とか子供債とか言われるものですが、世界で科学的に効果が高いと言われているこれらが日本では難癖付けられて実行されていないというのがなぜなのか?いろんな問題がありますが、大きくは政治が高齢者に向き合っているからなんですよね。つまり、ぶっちゃけ、短期的なんですよ。思考そのものが。ん?なんで短期的かって?そりゃ目の前の当選と各種団体との利権と自分の老後が一番大事と考えてるからじゃないですかね。そのような現在の国やシステムの中で住民や子供は死んでしまいます。そもそも産まれなかったり、生きながら死んでるという意味です。実は情けない話なんですよ。

現在、明石市以外では地域の住民団体などが積極的にこのような問題に対し工夫し頑張って抵抗しているのをよくみます。しかしね、なんで我々がいちいちやらなきゃいけないんだよ、議員の仕事だろ!って思うんですよね。議員の存在意義が意味不明なんですよ。と、国会議員は元々ここでも批判を繰り返してきましたが理由は身近なところに関係者がいなかったからです。地方議員までその批判が及ぶとなるといよいよこのブログも存在が危なくなって来るんですよね(笑)。

え~、地方行政に関わる市議会議員の皆さ~ん。頑張って下さ~い。市長もね。

 

 

おしまい

 

教養とか何か その2

社会に出るとなにが正解か解らない問題に直面します。しかし学校教育というのは正解がある問題、かつ解き方ばかりを教えます。高得点を取る、つまり成績が上位の者であればあるほど実は自分の頭で考える事よりも効率的に解答に辿り着く手順を要領よく記憶しています。さらにいうと勉強法は過去問を参照する暗記頼りになります。短時間で済むので高効率だと思いがちですが、とんでもない。しかも恐るべきことにその暗記教育ビジネスは強大なものになっていて本気でいいと思っている親御さんがかなりの割合でいるのだから将来的危険は計り知れません、この国は。

なぜなら記憶力が凄ければ社会人として有能かというと全く関係ありません。目の前でおこっている事象に対し、なぜそうなっているのか?、誰が何をしたいのか?、これがこうなるとここはこうなるだろう等、背景と仕組みを理解し、繰り返し間違えながら考えて行動する事でしか正解には近づけません。というか正解はなくて最適解はあるのだけれど、繰り返し考え、最も正解に近づけようと考えることでのみ教養は身に付くのではないかと思っています。考えるにあたって資料となるデータや歴史を調べる事で自然に知識は増えます。他国ではどうしているのか、他地域ではどうしているのか。上手くいった例、いかなかった例の問題点など。先人たちは過去はどう対処したか等を調べる。さらに多方向から特に逆方向から考えることで視野も広がります。そのようなものが教養ではないかと。昔から視野の広い人になって欲しいと当社のスタッフに対してずっと言ってますが、これって教養豊かな人になって欲しいと同義語だったんだなと今更思います。

さらにいえば、もう一つ。教養とは知的な知識や見識と言えるんではないでしょうか。知識がないと分析も判断も出来ませんからね。シェイクスピアのあの一文は私はこう解釈した、そして多大に影響を受けて今があると言っていいなどとの会話の入り口で使えば思わぬ同等の知識の方との繋がりにもなり得ます。教養は人を呼び寄せ結びつけます。

と書いてきたが、「考えることこそ教養である」という竹中平蔵氏の本を立ち読みしてるとこんな事が書かれているのではないかと想像するんですが(全部読んだわけではないので笑)。

まあともかく思考力の乏しい学生が多すぎます。アホがいっぱいいた方が統治は楽だし、しやすいですよ、コロッと騙せるから。しかし成長はしません。国主導で成長なんかする訳ありません、国は素人なんだから。30年間低成長ですと。思考力の低下とリンクしているという指摘は誰もしていません。学校や教育関係者を否定することになりかねないのでしづらいんですが私が指摘しておきます。ちなみに前にも言いましたが「きのくに子どもの村学園」は素晴らしいと思います。卒業生は出来る子ばかりです。毎日、自分たちで思考力を鍛えていますから。

思考力の低下は成長率とリンクします。ちなみにTKO木本がなぜ騙されたか?アホだったからの一言で片付きます。

育国債を発行し、子供に投資しないと未来はないのにどうしてしないんでしょうね。というところにも教養のない高学歴役人の限界を感じてしまいます(実は大企業の中間管理職もいい勝負です笑)。高学歴役人なんてこんなもんですがや、このままでは国が終わりますよ。だから地方行政こそしっかりすべきです。トップの責任は重いと言わざるを得ません。明石市があんなに実績残しているのに真似すらしないなんてどうかしているレベルです。あ、最後は役人政治家批判になってしまいましたが真実なので仕方はない(笑)。

 

 

 

おしまい

 

 

 

教養とは何か その1

辛坊治郎ズームそこまで言うか。というラジオ番組をpodcastで毎晩寝る前聞いてるんですが、Youtubeではニュース喋り残しという項目で辛坊さんのチャンネルで時間の関係などで解説できなかったことを喋るというYoutube番組があります。昨日の内容の一部が観てて本当に情けなくなってきました。問題提起もしたいので文字起こししましたよ。以下、限りなく正確ですのでよろしければどうぞ。

 

これもうオンエアしたくなかったんですね。わざと避けたんですよ。たとえ批評するにしてもラジオでこれを電波に乗せるべきではないという私の正直なところだったんで。実はですねズームオンの一つ目にこういうのが入ってたんです。

安倍元総理大臣を皮肉る朝日川柳が物議。朝日新聞が16日付けの朝刊に掲載した朝日川柳が物議を呼んでいます。読者から寄せられた7本の川柳が紹介されていますがこの内容すべてが8日に殺害された安倍元総理に関連するもので疑惑あった人、忖度などの言葉が使われています。これを読まないと批評しようがないので読みますけどね、読みたくも無いですけどね。

・疑惑あった人が国葬そんな国

・利用され迷惑している民主主義

・死してなお税金使う野辺送り

・忖度はどこまで続くかあの世迄

・国葬って国がおしまいっていう事か

・動機聞きゃテロじゃなかったらしいです

・ああ怖いこうして歴史は作られる

人が一人、銃撃されて命を落としているっていう訳です、ね。私はね、人としてどうよってレベルの話じゃないかって気がします、これに関して言うと。思想とかっていうそういうレベルの話じゃないんですね、これまあ意図的に7本川柳選んだ人が西木空人っていう人なんですが、西木空人って一体何者かというと本名栗田亘、1965年から2002年まで朝日新聞で働く、ああ、いわゆるオールド左翼ですね。2001年3月までの6年近く天声人語担当。なるほど。だからね朝日もだいぶ変わって来てるはずなんでこういう化石みたいな人は少なくなってるんですが、やっぱ今でも夕刊のここでも何回も取り上げてます素粒子書いてる人とかこの朝日川柳の選ぶようなことをやってる人たちは、だから左派左翼全盛期に朝日でまあ、日本を共産主義に本気でしたいと思ってたような人たちなんだろうと思いますけどね。思想はともかくとしてね、人が一人死んでる状況の中で、うーん、死してなお税金使う野辺送りとか、動機聞きゃテロじゃなかったらしいですとか、やっぱこれ人としてどうよってレベルなんじゃないかなと思います。それは私、素朴にします。はい。これ以上喋る気にもならんって感じですね。

 

 

以上、辛坊さんの解説です。これについて私はひとこと以外喋る気にもなりません。「教育のレベルが低すぎる」のが原因に尽きます、です。

高度経済成長期を支えて来ていただいた先輩たちではありますが(実際はその後、バブル10年後まで)、この団塊の世代から上の方々。当時の教育レベルは相当に酷かったと言わざるをえません。時代の被害者とも言えなくもないですが、もうちょっと物事を自分の頭でお考えになられた方がよろしいんじゃないでしょうかと、つくづく思います。当然、全員が全員という訳でなく団塊の世代以上の方々で立派な方もたくさんおられます。しかし朝日新聞を購読されている一部の方々には特にですよ、教養の最下層をかいまみた。そんな感じですね。戦後レジームからの脱却ってのはまさにここからの脱却を意味しているのだと思い知らされた気分です。情けない。

 

つづく

全ての国会議員に言いたい

まずご冥福をお祈りいたします。

私は内閣府には何回かメールなどで意見を述べたことがあるが、それは安倍政権下だけである。理由は安倍元首相の人懐っこさ所以である。

私のマクロ経済学の先生というのは高橋洋一さんだと勝手に思っている。9割が高橋さんの受け売りである。高橋さんに言わせれば現在の政治家で最も経済のことが解っているのは安倍晋三さんだと、菅さんも横で聞いてたから解ってるだろうと。政治家は何百人もいるけど実際に経済学を解ってる人は10人いるかいないかだと。安倍さんの先生は高橋さんであり第一次安倍内閣から第二次も内閣で政策の基本を書いてきた人である。そのお師匠さんは元FRB議長のバーナンキであり、高橋さんが作ったアベノミクスは世界の経済政策の常識、その常識の最大の目的は失業者を減らす為にあったのはあまり知られていない。実際に雇用は300万人増えたのだ。普通これは左翼がやる政策であることを知っておいて欲しい。野党は対案というかそれ以上の経済政策を考えられなかったので重箱の隅をつつく事しかして来なかった。税金で選ばれているのにあまりに無能だった。

それ以外でも外交においても各国の要人が身内のようにメッセージを発信しているように功績は言うまでもない。G7等の会議などでもど真ん中にいたのは歴代総理で唯一であった。もっといえばインド太平洋構想など世界基準のシステムを発案し構築したのは日本誕生以来初の出来事である。安倍元総理は劇団ひとりさながらのひとり国連平和機構と言われるのも頷ける。外務省の知恵じゃなくて一人で考えた構想だから。数々の功績は良心的なメディアが整理する事だろうからここでは述べないが、ここまで仕事の出来る首相はここ50年で唯一無二でありその他は足元にも及ばない(実は菅さんも国内の政策実績は凄い)。もちろん賛否はある。あっていいのだが歴史を振り返ってみると総体的に考えて事実である。

しかし、昨日の銃撃事件を受け私の周りでも安倍の事は嫌いだった、死んでくれてすっきりしているなどという意見を聞いて愕然とした。何故なら私腹を肥やし過ぎたからだという。これを聞いて愕然というより呆気に取られてしまった。なんという無知さなのだと。これはその個人を批判している訳ではなくメディアリテラシーの問題である。

確かに朝日新聞、毎日新聞、東京新聞やNHK、共同通信などが主だって発信する記事やそれを元に番組を構成するTV番組を毎日繰り返し聞いているとそうなるんだろう。これはこの場でもずっと指摘してきたことである。報道の自由の元に、デマや誘導を繰り返すことに何の正義があるというのか?これが日本のリベラル、左翼のやり方である。頭が悪すぎるでは済まないくらいで思想信条が狂っていると断言して間違いではない。世界からも日本の左翼はどうしようもないアホだという認識で一致している。もっと激しい言葉でメディアの低レベルさを糾弾したいが言葉を選んで言うと、何食わぬ顔で時間の経過と風化を待つのだろう。そして同じことを繰り返す。メディアの特に若い社員の方に言いたい。そんなところにいると腐るからとっとと辞めろ。と、書いていてもお前の方が狂っていると思われるのだろうが、数量的に様々な事象を個別に整理して見てみても正解以外の何物でもない。そして今日に至っては左翼の活動家、リベラルに取りつかれた政治家から安倍政治の結果だ、自業自得だとの批判も上がって来た。馬鹿すぎる。勝手に排他主義とかいって気に入らなければ殺人を犯していいわけ無いだろう。ほんと左翼は頭の悪いクソ共である。生きて歴史の審判を受けて欲しかっただと!審判とは何か説明も出来んくせに!

元々安倍さんは金になんか困ってないし私腹なんか肥やすわけ無いだろうが。権力は政策が通せないから仕方ないから手段として保持しないといけないのが民主主義の厄介な点なのだが。

とはいえ。

安倍元総理は徹底検証「森友・加計事件」を書いた小川栄太郎ともう一人の政治家と退任後、雑談のさなかしみじみと安倍さんが言ったと小川栄太郎が述べている。

「真実の究明なんてもう出来ないですよ。それはもう小川さんの本の中で充分に検証されてるじゃないですか」「本当に私たちは今まで権力を行使して来なかったよね~」

権力と勢力図は別物と考えていた貴重な発言である。

任期中、背中から何万発もの弾を受けて来たのである。マスコミとそれを利用した左翼から。その最期は実弾だったというのが顛末だ。

 

今回の選挙は実は行かないでおこうと思っていた。投票したい人がいないからだ。この事件は民主主義に対する冒涜であり、選挙によって断固と戦わなければいけないという人がいる。だったらもっとまともな選挙活動、選挙制度、まともな候補者が立候補できる基盤を作ってから言うべきだ。前提が整ってない議論は論理学的に時間の無駄である。

自民党にも安倍派と言われる清和会にも駄目な議員はいっぱいいる。明らかに知識も危機感もなく自分の年収の事しか考えていないような人達の支持は全くしたくない。野党も一部を除いて全滅である。こちらもより自分の事しか考えていない。これから見えてくるのはここ数年、熾烈な時代を過ごすことになるのではないだろうか。戦争まである。今年はますます嫌な予感がするが個々で踏ん張るしかない。自分の身は自分で守るしかない国になったと、切り替わったタイミングが今年であると。

最後に昨日の犯人が仮に安倍さんを銃撃した後、無差別乱射だった場合、周りの人は数十人死んでいただろう。このような輩は各都道府県に1人づついても何の不思議でもない。なのでもし銃声が聞こえたら地面に伏せるのが最も有効である。日本で暮らしているとそんな大袈裟なと思うかもしれないが諸外国では普通にある。家でネットで調べて簡単に銃器が作れるとなるとそれはもうそういう時代だと危機管理を改めるしかないのである。

死してそれを認識させてくれたことも功績とは言いたくないが、最初に戻るが経済と安全保障を立て直す最大の人材が亡くなった事の損失はあまりにも甚大である。これを契機により一層に志を継がんという政治家には死ぬ気で仕事を完遂して頂きたい。今一度言う。

政治家は名誉も金も権力も、他人の為なら命まで要らぬという信条を持つべきだ。持ってない輩は直ちに去れ。